▼ 膝枕
優しく頭を撫でられる感覚に、ふわふわした意識がだんだんと浮上していくのを感じた。重い瞼をゆっくりと上げると、視界に飛び込んできたのは白い羽織とはちみつ色の髪、それにわたしの大好きな浦原隊長の笑顔だった。首元が少し痛くてうーん、と寝返りをうつと、くすぐったいなァ、と低く喉を鳴らして笑う声が響いた。まだまどろみの中にいるような感覚で、感じる心地いい霊圧とか、少し薬品のにおいが混じった浦原隊長のにおいとか、体温とか、そういったものを堪能する。ああ、幸せだなぁ、と思って目を閉じて、何か感じる違和感に再び目を開いた。がば、と飛び起きると、うわぁ、びっくりした、とのんびりした声。
「う、浦原隊長…!?え!?なんで!?」
働かない頭を総動員して状況を確認する。あぐらをかいた浦原隊長の足を枕にしていた先程の状況。いわゆる膝枕というやつではあるのだが。なぜ、わたしは浦原隊長に膝枕をされていたのか。最近はいろんな〆の関係で書類仕事がとても忙しかった。隊長は研究室にこもりがちであるし、ひよ里はもともと書類整理に向いていない。涅三席も浦原隊長に対抗するように研究に没頭していた。他にも浦原隊長が集めた隊士の中には技術開発局に所属する死神が多く、隊務を放って研究に精を出す人が少なくない。その分のツケは当然、技術開発局に所属していな十二番隊の隊士がやることになり、上位の席官ほどその負担が大きくなっていた。わたしは書類仕事が得意な方であるので、回ってくる仕事の量が多い。虚の討伐などはひよ里に任せきりになっているから危険な仕事ではないものの、仕事が多ければその分拘束時間が増え、睡眠や食事の時間が削られるのは当然のことだった。今日は一通り山場を越え、久しぶりに自室でゆっくり眠れる、と満身創痍で隊舎の自室に戻り、布団も敷かずに畳みの上に倒れこんだ。そこまでの記憶は、なんとか思いだすことができたが、どうして浦原隊長に膝枕されていたのかはまったくわからなかった。
「いやー、久しぶりになまえサンと時間取れそうだったので来てみたら、畳みの上で倒れてるから何事かと思いましたよ」
「す、すみません…」
畳みの痕が顔に残っちゃったら大変だから、と膝枕してくれていたらしい。あぐらだったからちょっと首の位置が高すぎて寝違え気味なんて言えない。
「お疲れなんスね」
いつもありがとうございます、と起き上がったわたしの頭を優しく撫でる浦原隊長にどきどきと心臓が激しく主張し始める。自分だって、寝食をおろそかにして研究に打ち込んでいるくせに。その上隊長として、隊長にしかできない業務をこなしているのも知ってる。だから、わたしはこの人の支えになりたいのだから。
「……浦原隊長も、お疲れですよね」
「そんなことないっスよ」
「うそ。くま、できてますよ」
座っているため、いつもより近い位置にある浦原隊長の顔に手を伸ばして、目の下をなぞる。なまえサンにはかないませんねェ、と苦笑した浦原隊長の頭を引きよせて、正座しているわたしの膝に頭を乗せる。思ったよりも感触や重みが生々しくて恥ずかしい。リサのような短い丈だったらこんなこと絶対できなかった。珍しく驚いたような顔をしてわたしを見上げる浦原隊長と目があった。この人を見下ろすなんて、珍しい。もともと長身なのにさらに下駄を履いているから、いつもわたしのずっと上に顔があって、見上げるのも少し疲れるくらいだと言うのに。あんまり見てくるから、恥ずかしくなって、浦原隊長の目を塞ぐ。
「わたしばっかりじゃ、不公平なので」
また、喉を鳴らして笑う浦原隊長のふわふわした髪を撫でると、向きを変えた浦原隊長がわたしの腰回りに腕をまわした。お腹のおにくがばれてしまうからやめてほしい。
「なまえサンといると、疲れなんて吹っ飛んじゃいますね」
恥ずかしくて、わたしもです、とは言えなかった。